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このコーナーは、各一流ブランドデザイナーにスポットを当てて、ご紹介したいと思います。
デザイナーの個性やメッセージを知ったら、あなたのお気に入りのフレグランスがもっと身近に感じられることでしょう。 |
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YFRAGRANCE STORY
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アルジェリアのオランで生まれ育ち,クリスチャンディオールの基で十代のころから働いて,17歳で国際羊毛コンテストで彼のドレスが優勝したのが彼のスタートです。しかし、ファッション界にデビューしたものの、アルジェリア戦争のために時間を費やし、1961年になって自身のブティックを持ち、社交界にも認められ、カトリ−ヌ・ド・ヌーブ、ジャン・モロー、ローレン・バコール、ウインザー公爵夫人、モナコ王室、ロスチャイルド家、故ミッテラン前大統領夫人、シラク大統領夫人にいたってはこよなく彼のドレスに魅せられたということです。
また、舞台や映画の衣装デザイナーとしての活躍、1960年代の映画の中に彼の作品を多く見ることができます。レビューの女王ジジ・ジャンメールは「最初のレビューのために、600着,二回目には400着の衣装を作って,彼自身が出向いてダンサーの仮縫いまでこなしていました。」と語っています。
現代ではおなじみの 62年マリンルック、66年スモーキング(タキシードが原型),パンツスーツ,68年サファリスーツ,カゥーボーイスタイル などを世に出したのも彼です。2000年にはパリに彼の美術館がオープンして,14万点以上のコレクションを見ることができるそうです。私は25万個のスパンコールを使ったゴッホの「アイリス」を見てみたいと思います。あなたは?そして、40年前のドレスを写真で見ましたが,ちっとも古臭くないところが不思議でした。
斬新なデザインはその時代ごとに新風を吹かせて、世論と真っ向からぶつかり、それでも着々と人々の指示を受けて行ったようです。若きデザイナーの力強いリーダー、“幸福な反逆児”とジャーナリストは彼にニックネームをつけていました。
こんな、エピソードも、、、高級レストランでは彼の年齢・性差を超えた ”パンツスーツ” での食事を断られたり、女性の体の線、肉体を賛美した “オーガンジーのシースルーのドレス” は ”売春婦のように下品” と激しく非難されたそうです。しかし、タブーを次々と破る感覚は最先端の女性に支持され、彼の才能は大きく広がって、気がつくと彼はファッション界の中心的な人物になっていたようです。
1月22日にイヴ・サンローランは40年あまりのファッションの舞台からマリアカラスの歌う“椿姫”に包まれて降りました。それはそれは華やかでゴージャスな顔ぶれ、エレガントで息を呑むようなその舞台とは対照的に、シンプルな黒い洋服の美女、見事なブロンズの髪や,輝く瞳、、、、の中から彼は颯爽と降りていきました。
TVでその場面を見ましたが,息を呑むような美しく、悲しいような引退式でした。美しい“葬式”と新聞が書いたのが印象的でした。偉大なデザイナーを葬ったということでしょうか。
彼のアトリエはグッチグループが買い取り、閉鎖されるようですが,今後の動きを見守って行きたいと思います。
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そんなYVES SAINT LAURENTの香水は、それまでの重いような、甘い香水と違って、透明感に満ちて,弾むような軽い香水に 「Y」イグレックと名つけて 1964年に発売したのが、スタートです。
「RIVE
GAUCHE」 リブゴーシュ、それは”左岸”という意味で、 パリの正統派、ブルジョアが住む”右岸”に対抗して発売したもので,若い学生や,企業で中心になって働く人々にいろいろな意味で共感と勇気を与えたそうです。1991年には 「OPIUM」(意味=アヘン) 「PARIS」 と続き、そのネーミングも彼らしく前衛的です。
最近では、「BABY DOLL」が若い女性の心を上手に包んでいますね。 |
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| YVES SAINT LAURENT 話題の香水詳しくは写真をクリックしてください。 |
| WOMEN'S |
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偉大なYVES SAINT
LAURENTの香水を試して見ませんか? |
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